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2024/11/26 04:27 |
静かに、廻る、僕らの
ようやくファフナーで一本ssできました。
最終回後の一騎と真矢の話です。
一応カップリングものですが、これカップリングものでいいんだろうか。

続きからどうぞ。





 サイレンが鳴る。
 小さな島中を、けたたましい、サイレンが。

 人類とフェストゥムとの戦いは、北極での決戦でひとつの区切りをつけたが、あれですべてが終わったわけではない。
 フェストゥムが襲来する頻度は一時期――それこそ、要咲良が同化現象で倒れる前を思えば減ったものの、まだ、戦争は終わっていない。
 むしろ、あれからがまたひとつの始まりだったのかもしれない。

 だから、サイレンは鳴る。
 先輩たちを、蔵前を、翔子を、衛を、道生を、その親や大人たち、多数の島の人たちを、かけがえのない人たちを失った今も、サイレンは鳴る。
 それが、戦争だ。
 果たして、どこからが始まりで、どこまでが終わりなのかがわからない。
 それが、戦争だ。

「総士……」

 ふと、一騎は今自分が横たわっているベッドの、元々の所有者の名を呟く。
 今はいない、自分の親友の名を。
 そう、”今は”いない。
 総士は、失われていない。その肉体こそ消滅したが、いつかこの島に帰ってくる――一騎も、その仲間達も、総士の帰還を信じている。
 今もきっと、この世界のどこかで響いていて…自分の母がそうであったように、フェストゥムたちにその音を震わせているのだろう。
 もっとも、彼は不器用だから(彼曰く、「お前にだけは断固として言われたくない」とのことだが)、ちゃんと”向こう”でやっていけているのだろうかと苦笑したりもするが。

 ……本当は。
 いつだって不安だ。
 本当に、あいつは。この島に…自分たちの元へ、帰ってくるのか。

 あの戦いで失われた視力は、まだ回復されてはいないが、その分、肌に感じる感覚、とりわけ触覚や聴覚は鋭利になっていると思う。
 だから、耳を澄ましては、彼の不器用であろう音を探してみるのだが、見つからない。
 いや、そもそも彼がフェストゥムに共鳴させている”それ”が、耳に聞こえる音なのか、人間の感じることのできる感覚なのかもわからない。

 それでも。
 耳を澄まさずにはいられなかった。彼を探さずにはいられなかった。
 それが、今の…戦えない身体になってしまった自分にとって、『やりたい』と『できる』が共存する、数少ない行動のうちのひとつだった。

 母と同じ姿をしたフェストゥムがもたらした情報により、同化現象に対する治療法が見つかったとはいえ、すぐに視力が回復したり、体の硬化が治るわけではないらしい。同化現象で倒れた咲良も、アルヴィス内での治療は確実に進んでいるものの、まだ、完全に意識を取り戻してはいない。
 一騎もまた同じで、少なくとも視力が完全に回復するまでは、アルヴィス内での治療に専念することとなった。
 なので、基本的にはアルヴィス内の一室――皆城総士が生活の場としていた部屋で、生活をしていた。そして、父親が家にいる日などは家に帰り、器の作り方を教えてもらう。
 医師の遠見千鶴には、無理にアルヴィスにいる必要はないのよ、と、言われた。”非日常”の場にいる必要はない、自宅で安静にしていた方が精神的にも楽だろう、と。恐らく、父も…何も言わなかったが、同じ気持ちだったのだろう。
 その気遣いは嬉しかったが、丁重に断った。
 別に無理をしてはいないし、そもそもアルヴィスで生活をしている方が治療も受けやすく、司令である父にも戦闘時にシェルターへちゃんと避難できたかどうかの心配をかけずに済む。あとは…家にいると、出来もしない家事全般を無理矢理こなそうとする父の心配を、いやでもせざるを得ないので、断った。(当の千鶴も、そう言うと思ったわ、と、言わんばかりの苦笑を漏らしていたような気がする)
 そして、何よりも、

『いざというときは…俺に、出撃させてほしいんだ。父さん』

 強い願いがあったから。
 それが、叶わぬ愚かな願いだと知りつつも、司令である父に言わずにはいられなかった。
 これ以上、誰かに戦ってほしくなかったから。
 誰かを失いたくなかったから。
 今、島を守れるパイロットはあまりにも少なすぎる。自分と咲良がいない今、実戦経験がなかった後輩たちまでかり出されているという。そんな状況を、黙ってベッドの上で過ごせ、ということの方が、自分には絶望的なことそのものだった。
 しかし、今治療に専念しないと、それこそ、総士との約束も果たせなくなる。大切な人たちを守れなくなる。母のしたことが、無駄になる。……それも、わかっている。そして、父もその言葉だけで自分の複雑な心中を察してくれたようで、強く諫めるような言葉は言わなかった。

『戦えない代わりに、せめてアルヴィスの中に……少しでも”非日常”を感じさせてくれる場に、常にいたい』

 CDCに居させてほしい、と、一瞬だけ考えたりもしたが、それこそ、邪魔以外のなにものでもないだろう。

 …そうなのだ。
 頭ではいくらでもわかっているのだ。
 そして、誰も失いたくない、戦わせたくないのは、みんながみんな思っていることだというのも。こんな体たらくで、ファフナーで出撃させてくれだなんて、それこそ思い上がりにもほどがあるということも。
 それでも、こうしてアルヴィスのベッドの上で、ここよりはるかはるか上の上の方で戦っている仲間達の重い振動を、肌と耳で感じることしかできないというのが、歯がゆくて、虚しくて。
 たった一人で、仲間たちがいなくならないことを願うしか、なくて。でも、この場から離れることこそ、絶望であって。

 何も。
 何も、できないのだ。
 そう。何も。

 …それが、こんなにも辛いことだなんて。考えたこともなかった。以前は戦うことこそ、自分にとってできる唯一のこととも言えたから。
 その唯一のことだったことができない自分に、今、『やりたい』と『できる』が共存する行動というと、土に触れるか、総士が発しているであろう音を探ることだった。いずれも、とても戦いの最中に『やりたいこと』でも『できること』でもない。
 だから、戦いの際は、自分は何もできない。目を閉じ、仲間たちが発している決死の振動をその身に刻むことしか。
 何も、できないのだ。
 何も。
 ふと、ある少女の顔が脳裏に浮かぶ。

「遠見……」

 遠見真矢。
 彼女もまた、こんな気持ちだったのだろうか。
 以前、彼女のパイロット起用が決まったとき、もう誰にも戦ってほしくない、失いたくないという気持ちが頂点に達して、総士にわがままを言ったことがあった。
 結果として、真矢の怒りを買うこととなってしまったが。

『あたしにいさせてよ……ここに』

 あのときの彼女の切実な声が、痛いほどに胸のあたりにずきん、と、響く。
 みんながみんなを、戦わせたくなどないのだ、と、教えてくれたのも、あのときの彼女の言葉だった。
 真矢が戦場に立つ前と同じような立場になって。今更になって、あの頃の彼女を苦しめていたものを、共有することになった。

「俺も…遠見たちのところに、いたい」

 戦場という名の、居場所に。

 気がつけば、振動が消えていた。
 戦闘は、終わったのだ。

(誰も……いなくなって、いないよな?)

 一番不安な瞬間だった。
 仲間たちのことを信じていないわけではないが、この部屋では戦闘中の音声を聴くことはできない。

 だから、どんなに不安でも、ひたすら信じて待つのだ。
 ひたすら。
 彼女が、来るのを。



「一騎くーん、入ってもいい?」

 その明るく甘い声で、すべての不安が消える。

「ああ」

 自分の言葉に応じるように、ドアが開く音がする。音がした方に目をやれば、待ち望んでいた人間とおぼしき形をした影が、ぼんやりと見えた。

「えへへ」

 いつもと変わらぬ真矢の声。軽快にこちらへ向かってくる足音。
 それでわかることは……間違いない、今回の戦闘で、誰かがいなくなったということはない。
 …ああ。良かった。

「ここに、いるんだな」
「うん。ここに、いるよ」

 そういって、真矢は一騎のベッドの側に寄り添い、その左手を両手で慈しむように包み込む。
 気がつけば、それが北極から戻ってきて以来の戦闘後の習慣となっていた。
 真矢のことだ、自分の心などとっくにお見通しなのだろう。一騎が島にいながら戦場にいないという戦闘の日々が始まってからすぐに、彼女は一騎の部屋に来るようになった。そして、こうして…まだ硬化の残る手をほぐすかのように、温かく包み込んでくれる。
 それだけで、十分すぎた。自分にはあまりにも、贅沢なことだとおもった。きっと今頃、咲良の元には剣司やカノンが向かっているのだろう。それでいい。

「あ、あの…かずき、くん」
「ん?」
「その…あの、ね」

 なんだろう。
 何かを言いよどんでいるような声だった。もちろん、それは深刻な…誰かがいなくなったとか、そういう声色ではないのだが。

「め、迷惑じゃ…ないよ、ね?」

 唐突に。
 どん、と、深い深い海の底へと突き落とされたような重い衝動を、一騎は感じた。
 何を言い出すのだろう、この少女は。

「…どうして、そう思うんだ?」
「その。毎回毎回、一騎くんの部屋に来て。こうしてて。…迷惑だったらどうしよう、って」
「迷惑なわけないじゃないか。…そんな、迷惑なわけ」
「…前にね。翔子への態度が過保護だって、咲良に言われたことがあったの。今思うと…確かに、ひどいこと、してたって思うし。…自分の、自己満足を押しつけてるだけだったのかな、って。それでも翔子は、そんなあたしを必要だと思ってくれていた…だから」
「それなら」

 真矢の言葉を遮るように、一騎は声を上げた。

「俺も、多分…翔子と、同じだ。…同じだなんて、言う筋合いないかもしれないけれど、けれど、」

 真矢の顔が見たい。
 真矢の目を見つめて、はっきりと彼女の言葉に対して、それは違う、と、言いたい。でも、見えない。

「こうして。戦闘が終わるたびに、遠見がここに来てくれて。こうして、みんながいるってことを教えてくれて。それだけで……十分なんだ。だから、そんなこと、言わないでほしい」
「……一騎くん?」

 気がつけば、自分の声が震えていることに気づく。真矢の両手の下の自分の手は、そのさらに下のベッドのシーツを、きつくきつく握りしめていた。

「遠見が。遠見がここにいてくれているから、俺は…戦うのを、我慢できるんだ。…総士を、待ち続けることが、できるんだ。だから…だからっ」

 総士が、自分の傍から離れてしまって。
 それも、一度奪われた彼を取り戻したのも刹那、彼は向こう側へ行ってしまって。
 自分がいかに、総士に依存しすぎていたかがわかった。自覚がなかったわけではないが、改めて、自分は弱くちっぽけな存在なのだと、思い知らされた。
 一騎の口調は、どんどん速くなっていく。

「遠見だけは。遠見だけは、失いたくない。こんなこと、言っちゃいけないのはわかってるし、俺のわがままだし、遠見をまた怒らせるだけだってわかってるけど…本当は、遠見の代わりに俺が戦いたいくらいなんだ。遠見だけは失いたくないから、だから」
「一騎くん」

 凛と耳に響く、真っ直ぐな少女の声。
 また、あのときの電話みたいに怒られる。
 そう思って、一騎はびくりと身体を震わせた。と同時に、我ながら情けない、と、心底思いつつ。
 しかし、その後鋭く発せられると思ったその声は、随分と甘く震えていた。

「ご、ごめん。でも…どうして…その…私、なのかな」
「え?」

 それはまた唐突だった。
 彼女は、何を言っているのだろう。
 …とりあえず、「何故とりわけ私を失いたくないの?」と訊いているのということは、わかるが。
 何故、そんな”当然すぎること”を彼女は訊いているのだろう。

「どうしてって、その……」

 別に……と言いそうになって、ふと、いつかの査問委員会でほぼ同じ台詞を言って、みんなに呆れられた(あの父にまで「もっとましな言い訳を用意せんか」とかなんとか言われたきがする)苦い記憶を思い出し、やめた。
 真矢を失いたくない。
 そんなことは、当然なこと、ごく自然なことだと思っている。真矢はいつだってみんなのことを見守っていて、この島が平和だった頃を覚えている。そんな真矢だからこそ、傍にいてくれるとすごく安心する。
 そう。そんなことは、あまりにも当然で自然のことのはずで…それは、いつぞやかバーンツヴェックの中でも伝えた記憶がある。自分でさえ覚えていることを、彼女が忘れているはずがない。
 だから、それでもわかってもらえないというのなら、他の言葉で伝えるしかなくて。そこで、ふっ、と、頭に浮かんだ言葉を、一騎はごくごく自然に真矢に伝えた。

「遠見のことが、好きなんだ。多分」

 それが、彼女にとって…いや、端から見てもどれだけ限りなく微妙な言葉かも認識することなく、一騎は言った。もとい、言ってしまった。



「…また、怒らせてしまったかな」

 再び一人になった部屋で、一騎は呟く。
 いや、怒らせてはいないと思う。
 『うえええっ?!』と、真矢はかなりうろたえてはいたが、決して怒るとかそういう感情ではなかったと思う。
 ただ、その『うえええっ?!』が発せられるまでの数秒間、包んでくれていた彼女の両手の温度が一気に上がり…そしてその『うえええっ?!』と同時に、一気に、彼女の両手の温度が自分から遠ざかった。手だけでなく彼女の身ごと、自分から後ずさったのだ。そして、挨拶もそこそこに真矢は部屋から出て行ってしまった。
 何故彼女がそのような反応をして、部屋を出て行ってしまったのかはわからないが、とりあえず自分のせいのようだというのは一応把握できた。

「…そんなに、俺。何か変なこと、言ってしまったかな」

 ふと。
 自分があのときいった言葉を口に出してみた。

「遠見のことが、好き。多分」



「一騎くんの、ばか」

 真矢はアルヴィス内の女子更衣室に入るなり、自分のロッカーを背にうずくまっていた。
 ずっと気になっている男の子のあの言葉――そのまま受け入れれば、愛の告白としか思えない言葉を、どう受け取ればいいのかわからないまま。
 いや、わかっている、わかっているのだ。

「ばか。ばかばか。ばかばかばかばかばかばかばかっ」

 あの言葉を、真に受けてはいけない。
 一騎のことだ、いつもみたいにそう…その…そうなのだ。とにかく、決して真に受けてはいけないのだ。そう、いけない。
 わかっているはずなのに、必死にそう言い聴かせるのに、脳裏はもうあの男の子のことでいっぱいで。

『いや。遠見と話せただけで…すごく。安心したよ』
『遠見は、俺のこと…覚えていてくれる?』
『その…っ、遠見が戦うのが、嫌だったから』
『…だから。一緒にいると、安心するのかな』
『遠見には。生きていてほしいんだ』

「ひぁううぅ…っ」

 今の今まで一騎が言った言葉が…そのときの表情、声、仕草…彼の全てが体中を巡っていくようで、余計に熱くなる。頭も目も、頬も…体全体が、もとい、体中の血液がごとごとぐつぐつと沸騰していくようだった。

「駄目…駄目、だめなんだよ…駄目なの…一騎君…」

 顔中真っ赤で、情けない声を出すので精一杯で、慌てて彼の部屋から逃げ出してしまった。いや、逃げるしかなかった。それに値する言葉だった。

「…す。す、す……す…き…だなんて。そんなの…」

 一番、言ってほしくて、言ってほしくない言葉だった。
 あまりにも具体的すぎて、あまりにも曖昧すぎる言葉だからだ。

 一騎が、自分を求めてくれているのはわかっている。それが、とてもくすぐったくて、嬉しかった。そしてそれが、総士の代わりを自分に求めているとか、そういう無礼な理由でもないのもわかっている。
 ただ、彼が自分に求めているのは…母性とか、そういうものなのではないか、と、思う。自分にそんな大層なものがあるとも思えないが、そう思うのが、一番納得できるからだ。一騎には、物心ついた頃から母親がいなかったから。
 自分が一騎に気が向いて仕方がないのも…多分、守ってあげなくては、という想いが強かったからだ。正直、自分が一騎に見出している感情が、恋に値するものなのか、わからない。
 あの笑うとやけにかわいい顔を、いつまでも記憶にとどめておきたい。
 守ってあげたい。
 守らなくちゃ。
 …あまりにも、そんな気持ちが強すぎて。今は亡き親友が彼に抱いていたように、恋とか甘い響きの感情だとは思えない。

「…ばか」

 嘘だ。そんなの、とっくの昔に気づいている。
 思いたくないのだ。認めたくないのだ。
 そんなことを言われたら。

 もっと、欲張りになっちゃうじゃない。

 その言葉は呟きにすらなることなく、うずくまる彼女の熱の中へと消えていった。



「……好き」

 自分が咄嗟に真矢に言った言葉を、反芻する。

「好き」

 淡々と。
 そして、一騎は眉をひそめ、純粋に浮かんだ疑問を口にする。

「……好きって、なんだ?」

 例えば、その場に剣司がいたとして、彼が何か飲み物を飲んでいたとすれば、嚥下させるはずだった液体を盛大に噴きだしている場面だろう。
 しかし、真壁一騎という少年にとって、それはまさに未知の”何か”と向き合った静謐な瞬間であった。
 もちろん、”好き”という言葉の意味がわからないわけではない。だが、わかっていても、あまりにも未知のものでありすぎて、思考を整理せざるをえなかった。
 そう、整理だ。整理をしてみよう。
 ”好き”という単語で真っ先に浮かんだのは、美味い食事だった。…いや、もちろん、遠見真矢が食べ物と同じわけがない。
 食べ物――そうだ、遠見真矢は人間なのだから(あまりにも当然のことだが)、自分が好きな人間と思える存在はまず、誰だろう……真っ先に浮かんだのは、やはりあの不器用な親友のことだった。そう、自分は総士が好きだ。
 …………いや。
 それは何か違う気がする。好きではあるが、何だかしっくりとこない。
 では、父親への感情か。…それも、なんか違う気がする。
 では、剣司や咲良たちへの感情か。…それも、何か違う気がする。
 では、島の人たちへの感情か。……やはり、それも、何か違う気がする。
 いずれも、守らなければならないもの。好きだから、大切だから守りたいと思える。真矢だって例外ではない。だが、さっき真矢にいった”好き”は、それらとはどうにも例外としか思えない。

「総士。好きって、なんだ?」

 思わず、返答もあるはずのない相手に訊いてしまった。
 それなのに、僕に訊くな。と、ぶっきらぼうに吐き捨てる声が、何故だか聞こえたような気がした。

 好き。
 遠見真矢。
 真矢。
 彼女の声が、蘇る。まだ、彼女が戦いに参加する前。自分が、竜宮島の外の世界をこの目で見る前。電話の音声。そう、翔子と甲洋の話をしていて――

『春日井くん、翔子のこと、好きだったんだよ』

 その未知なものが砕け。急に、身近なものとなった気がした。

 甲洋は、翔子のことを好きだった。いや、フェストゥムと同化した今でも、きっと。
 剣司は、咲良のことが好きだ。
 甲洋も剣司も、その好きは同じものであり……真矢が言うには、翔子も自分のことをそう想ってくれていたという。…未だに、それがわからなくて、翔子に申し訳ないと思うのすら申し訳ないと思っていた。それは、自分には到底得ることなどできない感情、得てはいけないもの、いや、それ以前にそれを自分が得るなどという発想すら、持ったことがなかった。
 そう、そもそも発想がなかったのだ。自分が、女の子を。

「俺が……遠見のことを、好き? 女の子として…」

 それなのに。
 何故、それが…一番しっくりくる、解答だと思えるのだろう。
 ……いや。

「……そっか」

 何故も何もない。しっくりくるのなら、それが事実であり、答えなのだ。
 自分が総士を誰よりも信頼できる友としたのと、理屈としてはきっと同じだ。

「俺は、遠見のことが、好きなのか」

 はい、好きです。
 真壁一騎は遠見真矢のことが好きです。しかも、一人の女の子として遠見真矢のことが好きです。
 まるで英語の授業で目にした和訳のようにシュールな文章が、脳裏をすらすらと過ぎった、刹那。

「……は?」

 何とも、間抜けな声しかでてこなかった。



「…見ていてもどかしいよな」

 咲良が療養しているメディカルルーム。
 そこに行くのが日課であり、それをいつものように終えて、アルヴィス特有の無機質な廊下をいつものように歩いていた剣司が、ふと呟いた。

「何のことだ?」

 並んで歩くカノンが、首を傾げる。

「んなの、一騎と遠見のことに決まってるだろ?」
「…ああ」

 決まってるかどうかはともかく、もどかしい、というのはカノンもすぐに把握できた。

「あいつら、揃いも揃って奥手なんてレベルじゃねえからなぁ…見ていてもどかしいっつうか、腹立つっつうか、端から見てりゃあ、どっからどうみてもただのバカップルだろ? なのによぉ…何なんだありゃ。とっととくっつけっての、マジで見てらんねえっつうの、カノンだってそう思うだろ?」

 ああ見てらんねえ、てかマジうぜえ云々をぶつぶつと言っている剣司を見ながら、カノンもふと呟く。

「…衛もきっと、今のお前と同じような気持ちだったのだろうな」
「あ? 何か言ったか」
「いや、別に」



 カノンが女子更衣室のロッカーの前でへたりこんでいる真矢を目にしたのは、それからすぐのことだった。



End



++++++++++++++++
あれだけモテるのに鈍いにもほどがある一騎を、いかにして恋というものに結びつけるか(もとい、いかにして彼にその手の思考をめぐらせるか)が半ばテーマだったため、異様に回りくどいにもほどがある文章になりました。
…我ながら言い訳な気がしますが…すいません;

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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2010/01/22 17:06 | 小ネタ

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